Morphy(白)対 Brunswick公爵・Isouard伯爵(黒),1858年, パリ
1.e4 e5 2.Nf3 d6

Philidor防御です。
今日ではまず使いません。
ナイトに攻撃されたe5ポーンを守るために2...d6ですが、
今日では9割以上で2...Nc6です。
理由は、
1、ポーンより役駒のナイトを展開させた方がいい、
2、1...d6だとf8のビショップの進路がポーンで塞がれる。
しかし、19世紀半ばのロマンチック時代においてはPhilidor防御はよく指されていました。
当時はfポーンを前に出して早くギャンビットするのが流行だったからです。










3.d4 Bg4?

白は黒にセンターを明け渡すようにポーンを出します。
黒はビショップでナイトをピン(後ろにあるクイーンを間接的に攻撃することで
ナイトを動かせなくすること)しましたが、これは疑問手。
黒はこのムーブでこの試合負けたと言っても過言ではないでしょう。
なぜ疑問手なのかは続きを見れば分かります。














4.dxe4 Bxf3 5.Qxf3 dxe5 6.Bc4
で、この局面です。

クイーンとビショップが黒の最弱点f7を狙っています。
(初期状態において、白はf2黒はf7が最も弱いマスです。
理由は、キングのみにしか守られていないからです。)
一方、黒は駒をまだ展開していない状態です。
黒は3手目、4手目とビショップを2回動かしました。
かつ、白は先手なので、
あわせると白が駒を2つ展開しており(しかも絶好の位置)、黒は1つも展開していない、
という状態になるわけです。
(よく、序盤では同じ駒を2度動かすな、と言われますよね。)










もし4手目4...Bxf3ではなく4...dxe5だとどうなるでしょうか。
(サイドライン)4...dxe5 5.Qxd8 Kxd8 6.Nxe5

となり、黒はキャスリングの権利を失い、かつ白はポーンを1つ得ました。
(ポーン1個の差はよく決定的になります。)
Morphyは早いクイーンの交換なんかしないかもしれませんが、、、












メインラインに戻ります。
6...Nf6? 7.Qb3

黒はf7を守ります。
白は7.Qb3でf7とb7をダブルアタックします。
(ですので、黒の6手目は6...Nf6よりも、6...Qf6の方が良かったです。
6...Qf6だとf7をコントロールできることと、
クイーンがb7ポーンをつかんでもナイトが動いていればルークが動ける状態になっているからです。)
f7もb7も白マスであることに注意して下さい。
黒は白マスのビショップを早い段階にナイトと交換してしまったので、
黒は白マスが弱まっています。










黒の6手目ですが、6...Nh6でf7を守ろうとしても、もちろん7.Bxh6とされます。

黒はビショップを取り返すことができません。













もし7...gxh6をすると8.Qxf7#でチェックメイトです。

ですので、6...Nh6してもナイトを損するだけです。














メインラインに戻って、白の7手目(ダブルアタック)の後、
もし、b7の方を守ってf7の方を無視したらどうなるでしょうか。
(サイドライン)7...b6 8.Bxf7 Kd7 (あるいは Ke7でも同じ) 9.Qe6#でチェックメイトです。

ですので、黒はf7の方を無視することはできません。













7...Qe7

とf7を守ります。
しかし、f8のビショップを閉じ込めてしまいました。

















では、もしクイーンがe7ではなくd7からf7を守ったとしたらどうなるでしょうか。
(サイドライン)7...Qd7 8.Qxb7

となり、この後ルークもとられます。














メインラインでは、クイーンがe7からf7を守ったおかげで、
8.Qxb7されても、8...Qb4+ とできます。

黒は白のキングを攻撃しながらクイーンも攻撃してます。
キングが逃げたり他の駒を間にはさんだりすると、クイーンが取られてしまいますので、
こうなるとクイーンを交換せざるを得ません。
黒はポーンを1つ損しているものの、クイーンの交換により白の当面の猛攻をしのげたことになります。
(もちろん、まだ敗色濃厚ですが。)
そういうわけで、f8のビショップを閉じ込めてでもクイーンをe7に展開しました。









メインラインに戻ります。
8.Nc3 c6 9.Bg5

上で述べたように、白はbポーンをつかんでクイーン交換をしても十分勝勢ですが、
Morphyはそんな腑抜けたチェスは指しません。
また、8.Bxf7+ Qxf7と相手のクイーンをb4のマスをコントロールさせないようにして
(何故b4をコントロールさせないようにするのかは上で述べたようにクイーンの交換を避けるため)
9.Qxb7として次にルークを取るのでも十分勝勢ですが、
2代目世界チャンピオンのLasker曰く、
それは「butcher(肉屋、あるいは"へぼ")のムーブでartist(芸術家)のムーブではない」そうです。

メインラインでは、8手目ナイトを展開します。
黒は8手目cポーンを前に出してクイーンでbポーンを守ります。
9手目、白はビショップでナイトをピン。
この状態、次は黒の番ですが、黒には良い手がありません。
キングサイドのビショップとルークは閉じ込められています。
a8のルークも動けません。
f6のナイトはビショップでピンされていて動けません。
b8のナイトはd7に動くとbポーンを取られてしまいます。
a6に動くのもナイトを端に動かすあまりよくないムーブです。
クイーンもf7を守っていて動けません。
黒には良いムーブが残されていません。



9...b5?

bポーンでビショップを攻撃。
一見ビショップを追い払ういいムーブのように見えますが、そうではありません。
















10.Nxb5! cxb5 11.Bxb5+ Nd7
ナイトのサクリファイスです。

チェスは小さな有利を積み重ね、それがある程度に達したら
サクリファイスをしてコンビネーション、というのが1つの理想的なパターンです。
2代目世界チャンピオンLaskerの言葉に以下のようなものがあります。
「ゲームの最初、コンビネーションを探すのはやめなさい。
乱暴なムーブを控え、小さな有利を求め、それを積み重ねなさい。
そして、それらが達成された後はじめて、コンビネーションを探しなさい。
その時はすべての意志と知恵をしぼって探すのです。
コンビネーションは必ず存在します。ただし、深く隠されて。」
In the beginning of the game ignore the search for combinations,
abstain from violent moves, aim for small advantages, accumulate them,
and only after having attained these ends search for the combination
--and then with all the power of will and intellect,
because then the combination must exist, however deeply hidden.
これまで黒はパッシブで弱いムーブを続け、白は十分な優位を重ねました。
9...b5の弱いムーブで、白はコンビネーションを炸裂させるための時期が十分に熟しました。



12.o-o-o!

ピンされたd7ナイトにクイーンサイドキャスリングでさらなるプレッシャーをくわえます。
キャスリングは防御だけのムーブではなく、
このように攻撃にも使うのがキャスリングの本当の使い方だ、と盤が言っています。















12...Rd8 13.Rxd7!

黒の12手目、もしクイーンサイドにキャスリングしたら、
12...o-o-o 13. Ba6+ Kc7 14.Qb7# でチェックメイトですので、
黒はルークでd7を補強しました。
白、ここでルークの交換サクリファイス(ルークを駒の価値の劣るナイトと交換すること)。















13...Rxd7 14.Rd1

黒はルークを取りましたがナイトの代わりにルークがピンされた形になりました。
白は14.Rd1でそのルークにプレッシャーをかけます。
















14...Qe6

14...Qe6でf6にいるナイトのピンをはずし、f6のナイトがd7のルークを守れるようにします。
また、f8ビショップの道をあけました。
















15.Bxd7+ Nxd7

白はビショップでルークをとり、黒はピンから開放されたナイトで取り返します。
Morphyの猛攻は大詰めを迎えつつあります。
















16.Qb8+!

クイーン・サクリファイス!
そして、

















16...Nxb8 17.Rd8#
チェックメイト!

綺麗なクイーン・サクリファイスが決まりました。
終始Morphyが主導権を強く握っていました。
やっぱり黒は3手目の3...Bg4が良くなかったのでしょう。
(あと、6手目の6...Nf6も。)
短い局でしたが楽しんでもらえたでしょうか。