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数学の歴史

最近いろいろと数学史の本を読みあさっている. 数学史の専門家は数学の概念が どう発展してきたのか, なぜそれ以外の道がなかったのか, といったことに ついて夢中になって書く傾向があるように思う. 私は哲学に興味があるわけではないので, 数学の歴史的事実を 知りたいのだが, それについて丁寧に書いてある本は少ないように思う. 事実を流れにそってそのまま書くことは誰でもできることではないのに, そういったことは業績とは認められないのであろうか? こういうふうに偉そうなことを書けば多くの数学史家を激怒させていることで あろうが, けっしてけんかを売っているわけではない. ただ, 素人にも得心がいく ような歴史が読みたいと願っているだけである. その中で, [20]は読みやすく, 文献も丁寧に参照しており, 信頼できる本であると思う. しかも数学と力学等の関連についても書かれている ので大変興味深い(多くの本では``数学史$ \approx$純粋数学史''である). [42]は定評のある概説である. この短さで これだけ上手に数学の歴史を眺めることができれば満足である. 歴史の本ではないが, 歴史を題材に使って数学の様々なアイデアがわかる ようにしてある[41]もすばらしい. 章ごとに独立して読めるのも ありがたい. Mechanicsという章もある. 出て間もないのに改訂版 が出ているのは好評である証拠ではないかと推測する.

[8]は日経新聞の書評でたまたま知ったのだが, タイトルそのもの の内容で, 非常におもしろい本であった. なによりもまず読みやすい. しかも, 説得力がある. 謙虚に書かれているから 好感が持てる. 次に, $ \sqrt{-1}$の歴史についてやさしく書かれていてしかも 好奇心をかきたてられるのは[34]である. $ \pi$に関する書物は多い が, $ \sqrt{-1}$に関する本は少ないので貴重である. $ \pi, \sqrt{-1}$とくれば 数$ e$についても知りたくなるのが人情である. これについては E. Maor著 $ e$:The Story of a Number, Princeton Univ. Press, (1998) があるけれど, どこにでものっているような内容が多く, 退屈な本であった. 高校生くらいの読者ならおもしろいかもしれない. 現代数学に限定しているが[47]は好奇心をくすぐる本である. だが, 大学1年生くらいでは読みづらかろうと思う. 日本語で書かれている西洋数学史の本で素人にもわかりやすい ものがきっとあるはずだと思うが, さぼっているせいでまだお目にかかって いない. いいものもあるが, 長すぎたりして人に勧めら ない. [32]は短いにもかかわらず大事なポイントが読みやすく 書かれているが, あまり流通がいいものではない. 嘆いていたら最近[36]が出た. これはなかなかおもしろそうであるが, まだ読んでいない.

歴史を読むと過去の大数学者たちのことがよくわかって楽しい. 私のヒーローは Leonhard Euler である. [13,14,15]を読むと数学者としての Eulerのことがよくわかる. どれも大学1年生程度の数学の知識が あれば十分に読むことができる. [13,14]は, わかりやすい英語, よくありがちな 間違いが見あたらないことなど, 教養書としてはすばらしいできばえである. 残念なのは(これはある意味で当然なのであるが)数学者としてのEulerだけに 話が絞られており, 流体力学に関する部分がない. [15]はEulerの流体力学に ついてもふれているが, 通り一遍である. 流体力学の発展とEuler あるいはLagrangeについて書いてある本があればどなたか教えていただけない でしょうか? G.A. Tokaty著, A History and Philosophy of Fluid Mechnics がDoverから出版されているが, 内容にはいまいち信用できないところが ある. C.A. Truesdellは流体力学の歴史について多くの著作を残しているが, その多くは読みにくい. [12]はおもしろいし 信用できる(と思う). しかし日本語で読める流体力学の歴史を書いた本は 見つけられなかった. どなたか, 流体力学の歴史が書いてある 日本語の本を推薦していたけませんか? 流体に関する記述はないけれども [50]は力学に関する多くの話が丁寧にまとめられており, 好感を持った.

大きな出来事に直接立ち会った人々の書いたものは緊迫感があり, おもわず引き込まれてしまう. [48]はそのような好著である. 著者S. Ulamはvon Neumannについて詳しく書いており, [28]と 併せて読むと興味は倍加する. ナチスのポーランド侵略の直前に Ulamが弟とともに脱出するところ, 水爆についてE. Tellerと数学的な議論 をするところ, ソリトンの発見に関するくだりなど, 思わず 読み耽ってしまった. von Neumannと言えば[19] も出さざるを得ないであろう. これも数値計算に携わる人が読めば 「思わず引き込まれる」ものと思う. 高速計算が米国の国防にとって いかに重要であったか, 実感させられる. 高名な数学者の伝記である [38]を読んだときは, 結局数学とは いったい何なのか, と考えさせられ, 強く印象に残った.

数学者の伝記も数多い. 中でも[2]は非常に有名である. しかし, これが きわめてくせのあるエッセイであり, 独断に満ちている. 事実誤認もある. しかし, 読んでいておもしろいこともまた否定できない. [23]はS. Banachについて書かれた唯一の本であるように思う. Banach は関数解析の基礎を固めた数学者であるから名前はよく知られているが, どういう人生であったのかは知られていない. [23]を 読んでみると彼のミステリアスな人生についてもっと知りたいと思うのだが, 様々な資料がなくなっているということなので, これは無理なことなのであろう. Green関数やGreenの定理で有名な G. Green はさらにミステリアスな人物である. 私は彼の伝記[4]を読んで数学セミナーに寄稿したことがあるのだけれど, その動機はGreenがどういう人なのかを知っている人が現代の日本に少ない のが不思議だったからである. 日本でも優れた数学者についてはその記憶が薄れる前に 誰かが伝記を書いておかねばならないのだろうと思う. 吉田耕作とか加藤敏夫の 伝記が必要なのではなかろうか?



Kazuko Suenaga 平成17年2月10日