「地球惑星現象の流体力学」

地球惑星現象の流体力学とは

流体力学は空気や水など流体の運動を記述します.流体力学は約2世紀の 歴史を持ちますが,20世紀になってから,特に工学との関係で大きく発 展しました.    

  • パイプや機械の中の流れ
  • 船・飛行機・自動車の周りの流れ
  • トンネルの中の空気の流れ
  • コンピュータのハードディスクの中の空気の流れ

など,日常身の回りの流れについて,実験や理論や数値計算によって 多くの精密な知識が得られ利用されていて,私たちの生活を支えています.

一方,20世紀の半ば頃から,このような流体力学を用いて,大気や海の など地球規模の流体運動を理解しようとする試みが行われてきました.

日常生活での身の回りの流れと違って,地球や惑星の大規模な流体現象は 次のような特徴を持っています.

  • 領域が球形である
  • 惑星が自転している
  • 重力があり,高度と共に流体の密度が変化する
  • 大気は水分を含み,地球中心核やマントルは多様な物質を含んでいて, 温度が変化すると複雑な相変化を生じる

実際の惑星大気やマントル・惑星中心核では, これらの特徴に加えてさらに 多くの要素(例えば日射,放射,オゾン,地形,地表条件,流体構成物質の 非一様性など)が複雑に影響し合いながら,流れが生じています.

日常生活で出会う身の回りの流れは,私たちも経験することが多く,どの ような流れが生じるのか,およその見当をつけることができるものも少な くありません.しかし,地球や惑星規模の流体現象は,私たちがその中に 住んでいるとはいっても,空間的にも時間的にも非常に大きなスケールの 出来事なので,全体としてどのようなことが起こっているのかを知ること 自体,容易ではありません.また,地球や惑星を作って実験することも不 可能です.そのため,直観的に流れを想像することが難しい流体現象となっ ていてます.

また例えば,気象衛星によって地球上の大気の流れを日常的に見ること ができるようになったのもごく最近のことですし,火星や木星などの惑星 の大気の流れを詳しく知ることは今でも大変困難です.つまり惑星規模流 体現象については,それなりの観測結果が得られるようになったのもごく 最近のことに過ぎません.

このように,惑星規模の流体現象は,実験・観測の意味でも,理論解析の意味でも, 知識が圧倒的に足りません.そのためごく基本的な問に答えることもまだ満足にで きません.例えば,もしも一日が12時間ならば(つまり12時間で一周自転して いれば)地球の大気の流れはどうなるか,一日が6時間ならばどうか,という質問 に答えることは,実は大変な難問です.

「しかし大気の運動方程式をコンピュータで計算すれば分かるではないか」と 思った人はいませんか.もし正確な数値計算が可能であればその通りです. しかし問題は,ちゃんと正確に数値計算できているかどうかを判定すること自体が 大変難しい,ということにあります. 惑星規模流体現象については,考える基礎となる単純な流れについてすら 我々の持っている知識は十分ではありません. まして,多くの効果を含んだ現実の惑星の流体運動がどのような形態のもので あるかを予想することは大変な困難です.

われわれの研究グループでは, このような惑星規模流体現象を考えるための 基礎的知識の獲得をめざしています. できるだけ単純で理想化した流体運動を考え,その振舞を詳細に 調べることを行っています.

この単純化したモデルには自転速度や惑星半径などのパラメータが含まれています. これらパラメターの値を様々に変えたときの流体運動の変化を調べることは, 研究の第一の目標です.さらに,重力や密度成層の強さなど,別の効果や パラメータを導入し,現実に近づく一連のモデルを構成して, それぞれの効果の惑星規模の流体運動に対する効果を調べることも,目標の一つです.

このような流体系は,強い非線形効果を含む力学系であるため, 解析的な方法と同時に,コンピュータを用いた数値実験が重要な手段となります. 数値実験結果に現れた流れの性質をとらえるための理論を構築し, その理論の結論と自然現象とを見比べつつ,新しいモデルの構築と解析を行う, というのが研究の進め方です.この作業を通じて地球や惑星の さまざまな流体現象に内在する基本的な流体力学的ふるまいを理解することを 目指しています.

一言でいえば,惑星規模の流体運動のカタログ作成とその理論的理解, といったところでしょうか.木星大気に現れる縞々模様や大赤斑, 金星大気に見られる高速東西流,土星大気における巨大赤道ジェット, 横倒しで公転する天王星の四季,メタンの雨が降ると思われる土星の衛星タイタン. 太陽系だけで考えても不思議さに満ちた流れがいくつも存在しています. まして太陽系外の惑星を想像すると,我々の知らない驚くべき大規模流体運動が 存在することは殆ど間違いないと思われます. これらは流体力学の新しい研究対象です. 理論解析とコンピュータを用いた数理科学的方法によって これら未知の流れを調べることが「カタログ作成」の意味なのです.


ギャラリー

  • 回転球面上の 2 次元乱流
    • 回転する球面に最初に小さな渦をランダムにおいて, 時間が経過していくとどのような流れが形成していくかを見る数値実験です.
    • 絵をクリックするとアニメーションが見られます.
    • 青色が負の渦度(高気圧性, 時計回りの回転), 赤色が正の渦度(低気圧性, 反時 計回りの回転)を表しています.
    • 回転の影響により次第に東西方向に伸びた縞状のパターンが形成されてくる 様子が見られます.
    • 回転が大きい状況ほど縞々の幅がせまくなってます.
初期に与えた渦 Ω=0 : 自転しない場合 Ω=100 : 地球ぐらいの自転 Ω=400 : 木星ぐらいの自転

関連リンク

  • 2019/09/24 (竹広真一) 最終更新
  • 2005/05/31 (山田道夫, 竹広真一) 更新
  • 2005/05/04 (竹広真一) 新規作成