最後に、本サイトの「過去と現在の研究」の解説に登場する「IUTeich」(宇宙際タイヒミューラー理論)ですが、
様々な既存の理論の上に成り立っているそれなりに高級な理論なので、修士課程の段階で直接IUTeichの
勉強を始めるのはちょっと難しいと思いますが、関連したテーマで、IUTeichの「心」を汲んでいるものについて
勉強することは可能です。IUTeichの「心」は、簡単に言うと、次のようなものです:
「数論幾何において本質的なのは、環やスキームのような‘具体的’な対象たちではなく、むしろそれら
の具体的なスキーム論的な対象たちを統制している、様々な(‘組み合わせ論的アルゴリズム’に近い)
抽象的なパターンである。」
このような現象の典型的な例として次のようなものが挙げられます:
(1) log schemeの幾何:詳しくは、私の論文 Extending Families of Curves over Log Regular Schemesの
文献リストに出ている加藤和也先生の二つの論文を参照して下さい。簡単にまとめると、
「多項式環等、Noether環の構造のある側面の本質は、モノイドという組み合わせ論的な対象に集約される」
という内容の理論です。
(2) 遠アーベル幾何:これについては、沢山の論文を書いていますが、入門的な解説では、次の二つが挙げ
られます:
・「代数曲線の基本群に関するGrothendieck予想」
・「代数曲線に関するGrothendieck予想 --- p進幾何の視点から」
簡単にまとめると、「数論的な体」の上で定義された双曲的曲線の構造は、その有限次エタール被覆の自己
同型群の群論的構造だけで決まるという理論です。
(3) 圏の幾何:これについては、私の論文
・Categorical representation of locally noetherian log schemes
・Categories of log schemes with archimedean structures
・Conformal and Quasiconformal Categorical Representation of Hyperbolic Riemann
Surfaces
それから、講演のレクチャーノート
・「A Brief Survey of the Geometry of Categories (岡山大学 2005年5月)」
を参照して下さい。簡単にまとめると、スキーム(または、log schemeやarchimedeanな構造付きのlog
scheme)や双曲的リーマン面の構造は、そのような対象たちが定義する圏(=‘category')の圏論的構造
だけで決まるという話です。
因みに、IUTeich関係の話では、p進Teichmuller理論に登場する「標準的なFrobenius持ち上げの微分を
とる」という操作の「抽象的パターン的類似物」が主役です。p進Teichmuller理論の解説としては、
・An Introduction to p-adic Teichmuller Theory
・「An Introduction to p-adic Teichmuller Theory」 (和文)
が挙げられます。
同じ研究所の玉川安騎男教授も、別の観点から「双曲的代数曲線の数論」の研究に携わっております。
玉川さんの研究との比較については、ここをご参照下さい。
以上のまとめからも推測されるように、修士課程への入学を希望する学生に対しては次のような予備知識を
要求しております:
(1) 代数位相幾何の基礎的な知識(=基本群や特異コホモロジー)
(2) リーマン面の基礎的な知識(=line bundleやRiemann-Rochの定理)
(3) 可換環論やスキーム論の基礎的な知識(「松村」、「Hartshorne」を参照)
ただし、特に(3)については完全な理解を要求するのではなく、内容に対して一定の「親しみ」さえあれば、
入学してからセミナーなどで復習することは可能です。
なお、仮に修士課程に入学し、私の学生になった場合の、少なくとも最初の一年間の「カリキュラム」は
大体次のとおりになります:
(a) 「松村」、「Hartshorne」の復習
(b) 複素多様体や微分多様体の理論の復習
(c) エタール・トポス、エタール・コホモロジー、エタール基本群
(d) 曲線やアーベル多様体のstable reduction
(e) log scheme の幾何
(f) エタール基本群のweightの理論
また、これらの基本的なテーマの勉強が済んだら、
(i) crystalやcrystalline site, crystalline cohomology
(ii) Fontaine氏が定義した様々な「p進周期環」
(iii) p-divisible groupsとfiltered Frobenius moduleの関係
(iv) Faltingsのp進Hodge理論
(v) p進遠アーベル幾何
(vi) p進Teichmuller理論
のようなp進的なテーマに進むことなどが考えられます。((v), (vi)については、本サイトの「論文」、
「過去と現在の研究」、または「出張・講演」をご参照下さい。)