ご挨拶

数理解析研究所長
数理解析研究所長 山田 道夫

数理解析研究所は,数理解析に関する総合的研究を行う全国共同利用研究所として,昭和38(1963)年に設立され4年前に50周年を迎えました.数学は,いうまでもなく人類の文明の最深部に位置して科学全体の基盤をなしている重要な基礎的学問分野です.また数学を用いて諸科学に生じる問題を解決しようとする分野が数理科学です.

古来,特にニュートン・ライプニッツらによって微分・積分学が創始された17世紀以降,数学は諸科学や産業技術に多くの重要な手法を提供し続けてきました.数学は数多くの科学や技術の背後にあって,今日の世界を支える基幹的な役割を担っています.日々の生活の中の家庭電化製品,パソコン,カーナビ,MRIなどの電子機器や医療機器,金融システムや通信ネットワークなど情報システム,交通運輸システムなどの設計には,代数学・幾何学・解析学など多様な数学が用いられています.また工学的技術だけでなく,生命の働き,宇宙の構造,さらには社会科学的現象の理解・記述までも多くの数学が用いられるようになりました.21世紀に入り,社会・産業の変化,コンピュータとネットワークの発展,蓄積され続ける巨大データ群のなかで,新しい発想を生み,基礎づけ,実現へ導くものとして,数学の役割はますます大きくなっています1

数学は,しかし,必ずしも応用分野からの要請のみによって発展してきたわけではありません.振り返ってみると,純粋に数学上の価値観から創造されたものが今日広く応用されている例は数多く見られます.200年前,方程式の可解性を論じるためガロアが創始した拡大体の理論は今日のネットワーク通信の符号や暗号を支えています.19世紀には夢想的とみなされ迫害さえ受けた非ユークリッド幾何学は一般相対性理論を通じて今日のGPS技術に至ります.19世紀以来の偏微分作用素のスペクトル分解の理論は20世紀の量子力学の中心概念を与え,20世紀前半の位相群の理論は現代のデータや画像の解析手法に繋がります.応用を意図しない純粋な数学の研究が,後に広範な応用を導いた例は枚挙にいとまがありません.純粋な数学には視点を根底から変える強い力があり,そのような純粋数学が数学の深く広い一般性・統合性を拓き築いてきたという歴史があります.数学の応用と純粋な数学の探究は,樹木の多数の枝葉と深い根の関係にあり,一方だけでは成り立たず,両者が互いに刺激し合い支え合うことによってのみ,数学の大きな全体を発展させることができると考えています.

数理解析研究所は設立以来,数学・数理科学の総合的な研究所として,より良い研究環境の実現に努力し,各分野の最先端の研究による大きな学術的貢献を成し遂げてきました.平成11(1999)年度からは研究組織を基礎数理,無限解析,応用数理の3大部門に編成し,平成16(2004)年に整備された計算機構研究施設と併せて,柔軟な体制のもと,数学・数理科学の研究を推進するとともに,第一線で活躍する若い研究者の育成に力を入れています 2.また「量子幾何学研究センター」(平成24(2012)年より)および「数学連携センター」(平成25(2013)年より)を設置して,新しい幾何学の創造を目指す研究力の強化と,広範な科学分野との協働による数学イノベーションを推進しています.

また本研究所は,設立以来全国共同利用研究所として,平成22(2010)年度からは共同利用・共同研究拠点として,全国の数学・数理科学の研究者の協力を得てRIMS共同研究など毎年約80件の拠点事業を開催し,参加者は毎年約4000人,延べ16000人に上っています.さらに,毎年特定のテーマで国際プロジェクト研究が企画されており,短長期併せて毎年約300人の外国人研究者が来訪して国際共同研究を推進しています.平成28(2016)年から始まった第3期中期計画では,共同利用・共同研究拠点としてさらなる国際化を目指し,拠点事業の国際公募や訪問滞在型共同研究の拡充を進めています.21世紀の数学・数理科学の発展が本研究所から生み出されるべく,所員一同,今後もより一層の努力を積み重ねていく所存です.今後もますますのご支援をお願いいたします.

脚注
1. 第5期科学技術基本計画(H28-H32)において数理科学は「基盤技術を支える横断的な科学技術」と位置付けられています.
2.大学院教育では理学研究科数学教室と共同で KTGU (Kyoto Top Global University) 事業を行っています.